その2


▼新しい創傷治療▼  B

湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法):患者さんへの説明の仕方


 「どうしてもこれまでの治療と180度違うため、患者さんの中には消毒薬の有害性を説明してもどうしても理解していただけない方もいらっしゃいました。
何かいい説明方法ってありますか?」というメールも時々いただきますので,説得法を伝授します。

 「消毒薬による組織障害性」とか「創傷治癒を阻害するとか」といくら説明しても,患者さんは理解してくれません。
 このように説明しても,患者さんにとって何がメリットであり,何がデメリットなのかがわからないからです。

 湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)にはさまざまなメリットがありますが,患者さんが真っ先に実感するのは「痛くないこと」です。
 つまり,「痛くないこと」を患者さんに自覚してもらうことが,湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)の凄さを理解してもらう第一歩です。

 まず,受傷当日は患者さんもびっくりしていますから,どさくさにまぎれて「消毒なし,被覆材で密封」します。
 患者さんは「新しいガーゼだな」くらいにしか思わないはずです。

 勝負は翌日です。
 次の日に外来に来たら,「昨日は痛かった?」と聞いてください。
 ほぼ間違いなく,「痛くなかった」という答えが返ってくるはずです。
 この「痛くなかった」を足がかりに,治療法を説明します。

 「痛くないの,不思議でしょう?怪我をしたのに痛くないって経験,ありますか?なぜ痛くないか,その理由,知りたい?」と誘導します。 そこで興味を持ってくれそうだったら,

 「痛くなかったのは空気に触れないようにしたからなんですよ。空気を遮断する最新の治療材料を使ったから(ここにちょっと,嘘が含まれてるよな),痛くなかったんですね。でも,空気に触れさせたりガーゼをあてたりすると,傷の表面にカサブタができますよね。するとこのカサブタの下に膿が溜まり,それで痛くなっていたんですよ(・・・と,ちょっと問題のある説明だけどさ)。しかも痛いだけじゃなくって,傷の治りも悪くなっていたのです」。

 そして,追い討ちをかけるように

 「消毒すると,傷にしみるでしょう? 痛かったでしょう? あれは傷口を痛めつけていたから痛かったの。しかも消毒すると,キズが治るのが遅くなるのですよ。痛くて治らない方が良かったら消毒するけど,どうしますか?」ときめの一言!

 ここまで言われて,「消毒してください」という患者さんは一人もいないはずです。

 そして手の外傷の患者さんだったら「一日手を洗っていないから,気持ち悪いんじゃないですか? 実は,洗ってもいいのです。私も最近知ってびっくりしたんですが(とまた嘘をつく),傷を濡らしちゃいけない,というのはどうも,日本だけの迷信らしいですよ。外国では洗うのが普通なんですよ(と「外国」を持ち出すと説得力がある)。絶対に痛くないから,洗ってみませんか。気持ちいいですし,洗った方が早く治りますよ」と水道に誘導。

 まず,キズとは関係のない部分の汚れを洗い落とし,キズの部分に少しずつ水をかけます。恐らくそんなに痛くないはずです。ここでさらに「痛くないでしょう? これが最新理論に基づく(とまた嘘をつく)治療の威力です」と説明。

 忙しい外来でそこまで時間をかけて説明できないよ,と言われる先生方もいらっしゃると思いますが,勝負は受傷翌日です。
 ここで納得してもらえれば,その後の治療は順調に進みます。このタイミングを逃してはいけません。

 恐らく,治療が終了する頃には,「このピンクのスポンジ(あるいは「皮膚になじむ絆創膏」)ってすごいんですねぇ。
 薬局で売っていないんですか? だったらお金を払いますから,一枚余分に下さいよ。
 子供が怪我したときにこれがあったら,安心ですから」なんて言い出す患者さんも出てくるはずです(私の外来には,こういう患者さんがすごく多い)。


患者さんへの説明



 「消毒しないと患者さんが納得しないので困っているが,どうしたらいいでしょうか?」という質問をよくいただく。私の説明の仕方はすでに書いてあるとおりであるが,相澤病院外傷治療センターではさらに,下記のような方法で治療法の宣伝を行っている。

まず,外来の廊下にはこのような掲示をしている。

要するに,治療法を取り上げてもらった新聞や雑誌の記事,テレビ出演したときのスナップ写真である。

 まず真ん中に婦人公論の記事。その下はNHKの「ためしてガッテン!」の撮影風景。その隣には2冊の著作の表紙。そして,左端にあるのはご存知,「ゴッドハンド輝(週刊少年マガジン連載中)」。もちろん,「ゴッドハンド輝」の掲示については作者の山本航暉さんから直接,使用許可をいただいている。

 また,掲載している雑誌記事は,順次新しいものに取り替えている。
 さらに,記事のコピーについては自由に持ち帰ってもらうようにしているが,これが毎週,60〜80部が持ち帰られているそうだ。

 おまけに,救急外来の待合室のテレビでは,治療を紹介したテレビニュースを時々流したりもしている。
 ここまでやれば,治療法は自然と広まってくるはずだ。

 相澤病院は救急治療にかなり力を入れている病院であるが,この掲示を熱心に読んでいる人が多く,また,実際の治療を受けた人がこの治療を周囲に宣伝してくれるのだが,そのときにこの雑誌コピーが威力を発揮しているという。
 そのため,松本市とその周辺では,「消毒しない,乾かさない」治療がかなり広まっている感じである。

 病院全体がこの治療について理解し,そればかりか,治療の普及に全面的に協力してくれるためにここまでやれているわけで,同様のことをしようとするならやはり,病院全体に理解を広めるのが最優先だろうと思う。
 その意味で,私にとっては最高の病院である。


湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)の説明 −人力車と自動車−



 「傷は乾かさない,消毒はしなくていい(しない方がいい)と,医者(あるいは目上の看護師)に説明しても全く相手にしてもらえず,理解して貰えません。 何かいい方法がありますか?」という相談もよく受ける。
 同じような悩みを抱える看護師,医師も多いと思うので,ちょっとアドバイス。

 こういう新しい知識を説明する時に「こっちの方が科学的(医学的)に正しいから」とか「新しい理論だから」と始めるのは一番まずいやり方だ。
 それまでのやり方を変えようと言う時に,「あんたのやり方は間違っているから,正しい方法にしましょう」と言われれば,だれだってカチンと来るし,人によっては意固地になるだけだろう。 つまり,正しさを全面に出すのは戦略的にまずいやり方だ。

 しかもまずい事に(?),傷は消毒してガーゼをあてていても(いつかは)治ってしまう。 
 つまり「消毒してガーゼ」の医師や看護師にその方法は間違っていると言っても「今までこの方法で治ってきたし,何の不都合もない。何で今更変える必要があるのだ」と反論されるのが関の山だ。

 こういう考えを論破するのはかなり大変だろう。
 これはちょうど,人力車しか知らない明治初期の人間に,車が便利だから人力車から車に替えましょう,といっているようなものだ。人力車しか知らない人に人力車よりいい方法があると説明したって,わかってもらえるだろうか?
 恐らく彼は言うだろう,「人力車は駕籠より便利で速いし,もちろん歩くよりも速くて疲れない。こんな便利なものがあるか。それが不便な乗り物だなんて信じられない。お前は嘘を言っている」と・・・。
 つまり,人力車しか知らなければ人力車で十分便利だし,不満に思う事もないだろう。
 不満がないのに別のものに替える必要はない。

 だがしかし,これはあくまでも人力車しか知らない時だけだ。
 こういう人間に車が走っているところを見せ,実際に乗せたらどうだろうか。
 多分,人力車の方が便利だとは二度と言わないし,人力車の方がいいとは言わないだろう。

 こういう風に喩えては失礼かもしれないが,「消毒してガーゼをあてて現実に傷が治っているのだから,それでいいではないか」と考えている医師・看護師は要するに,人力車しか知らない明治初期の日本人と同じなのである(ううむ,我ながら失礼な喩えである)。
 人力車(=消毒とガーゼ)しか知らないから,あるいは他にもっと速い乗り物がある事は知らないから,人力車で十分に満足しているだけなのである。比較対照がなければ,人はそれに満足したままだ。

 つまり,人力車しか知らない人にいきなり「人力車は遅いし不便だし,自動車が普及すれば忘れられる存在です。だから人力車を止めましょう」と説得しても無駄である。
 ましてや,人力車時代の人にいきなり,車の構造を説明したり,エンジンの構造を説明しても理解してもらえないのは当たり前だ。要するにこれが「創傷治癒のメカニズム」とか「消毒薬の組織傷害性」を論拠に「人力車医者」を説得するのに相当する。
 当然,説明するだけ無駄である。

 人力車医者に車(=湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法))の威力をわかってもらうには,車の構造でなく,実際の走るスピードを見せつけるしかない。
 そうやって世の中には人力車より速い乗り物があり,スピード以外の点でももっと便利だと理解してもらえるはずだ。

 車の構造を説明するのはその後でいいのだ。
 新しい治療法の有用性を理解して貰うには,具体的な治療法のメリット,効果を見せるしかない。 理論的背景はその次でいい。
 とにかく具体的な成果を提示することだ。遠回りのようで実はこれが一番近道だ。

 全てそうだと思うが,物事は正しいから普及するわけではない 。便利であり,メリットがあるから普及するのだ。 理論的な説明が十分でなくても,実際の生活に役立つのであればそれは必ず普及する。逆に,いくら正しい理論に基づいていても,それが実際上のメリットを有しなければ普及させる事は難しい。


当サイトへの反論にまとめて反撃!



 「このサイトを知人の医師(複数)に紹介したところ,次のような疑問,反論がありました」というメールをいただきました。これ以外にも反論などをいただいておりますので,まとめて反撃させていただきます。

 まず,これらの反論をまとめると次のようなものになります。

1. 外傷に被覆材を使うように言っているがこれは被覆材メーカーを利するものであり,高価な被覆材を使うことは医療費を高騰させることになる。

2. 「消毒とガーゼ」で治癒が遅れるといっているが,それは間違いではないか。
  今まで「消毒とガーゼ」でも傷は治ってきたのがその証拠だ。

3. 「消毒とガーゼ」をやめただけで傷が速く治るという根拠はあるのか?

4. これまで行ってきた「消毒とガーゼ」をいきなり止めると患者さんは不審に思うだろう。
  むしろ消毒は患者さんの安心のためにしているのだ。

5. ガーゼで手術創を覆わないと,患者さんは糸がチクチクして困るではないか。

6. 浸出液が多い感染創を被覆材で閉鎖すると膿が溜まるのではないか。
  従って湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)は間違いである。

7. 浸出液が多い時には何かでそれを吸収しなければいけない。
  こういう時にガーゼをあてて何が悪い。

8. 消毒を諸悪の根源のように書いているが,消毒薬を製造して生活している薬品メーカーもある。
  そこで働く人のことを考えているのか。

9. 昔から知られている治療原理を外傷に応用しているだけなのに,「新しい」と称するのはおかしい。


 ううむ,見事なまでに「人力車医者」ですねぇ。情けないような反応です。

これを「人力車と車」に言い換えてみるとよくわかります。


1. (人力車でなく)車を使うのは自動車製造メーカーとガソリンスタンドを利するものであり,皆が車を買うようになると国民生活を逼迫させることになる。 乗り物は値段の安い人力車で十分である。

2. 人力車が遅いというのは間違っている。 人力車は駕籠より速い乗り物であり,スピードは十分に速い。 これまで人力車を利用してきたが,目的地にはきちんと着いてきた。 従って人力車以外の乗り物は必要ない。

3. 人力車から車に替えると速く目的地に到着できるというが,それは信じられない。

4. 日本は人力車に慣れている国なので,人力車をなくすと国民が安心できない。 国民の安心のために人力車は必要である。

5. 人力車はゆっくり走るので,風景がゆっくりと鑑賞でき,有用である。

6. 車で海(膿じゃないよ)の中を走ろうとしたら水が入ってきて危うく死にそうになった。 だから車は無用で危険な乗り物である。

7. 人力車には(人を運ぶという目的以外にも)大八車のように「物を運ぶ」のにも使える。 この目的のためにも人力車は有用であり,荷物を運ぶのに人力車を使ってどこが悪いのだ。

8. 人力車の車夫や人力車を作って生計を立てている人がいる。 車に比べて人力車が遅くて不便だからという理由でそれを廃止すると,こういう人たちの生活が成り立たない。 このような人たちの生活を脅かす権利があるのか。

9. エンジンの原理は50年前から知られていて,それを初めて実用化したからといって「新しい乗り物」というのはおかしい。


こう置き換えてみると,この反論のどこがおかしいか,一目瞭然でしょう? 一応,解説も書いときましょう。



1. よく「被覆材は値段が高いから」という意見もいただきますが,「消毒とガーゼ」で毎日外来通院させ   1ヶ月かかって完治させるより,湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)にして5日で治癒させた方が安  上がりです。 要するに,従来の治療の方が高くつきます。被覆材の値段を見るのでなく,治癒に要  する時間と通院回数のトータルで見るようにしましょう。
  簡単な足し算ができれば,どちらが得かすぐにわかります。

2. これは湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)を見たことがない「人力車医者」によくあるタイプの反論   です。
  人力車しか乗ったことがないので人力車を過大評価しています。 恐らく,Case Control Study の研  究が苦手なタイプとお見受けいたします。
  まず Control をしっかりと設定してから研究を始めましょう。

3. 車を見たこともないのに,「人力車より速い乗り物があるとは信じられない。 なぜなら,私はそういう  ものを見たことがないからだ」というのと同じ。

4. こういう反論をするのは患者さんに説明を怠るタイプのお医者様です。 要するに説明するのが面倒  なんですね。 だから「消毒をしないと患者が納得しないから消毒をするし,消毒は必要だ」という理  屈をこねくり回します(オイオイ,患者が納得するまで説明しろよ)。
  これは喩えると,毒物が入っているとわかっている料理を「客が食べたがっているから」という理由で  出し続けている料理人みたいなものです。 こういう料理人(医者)にはこういってやりましょう。
  「なら,あんたがまずその料理を食え!(あんたが怪我をしたら,傷口にイソジンをたっぷり塗りこん   でやり,次の日にガーゼを思いっきり剥してやるからな! その時泣くなよ!)」。

5. 「傷を隠すもの」として私もよくガーゼは使います。 縫った糸が見えると気持ち悪い,という患者さん  には使いますよ
  (逆に,気にしない患者さんの場合は,ガーゼで覆わずに糸はむき出しにしています)。
  でも,この目的のためだったら何もガーゼでなくてもいいわけで,ティッシュペーパーで傷を隠しても  いいはずです。 つまり,ガーゼの優位性を示す言い訳にはなっていません。

6. 車の取り扱い説明書に「車で海に入らないで下さい」と書いてあるのに,わざわざ海に入り,車を故障  させて「そんな説明なんて俺は読んでいない。こんな欠陥品を売った方が悪い」とイチャモンをつける  タイプの反論です。 「○○には使用しないで下さい」という使い方をわざわざするタイプ。
  それよりも,このお医者様には,感染している膿と,感染していない単なる浸出液の区別がついてい  るのか,そちらの方が心配になります。

7. ガーゼには浸出液を吸収するという機能がある,というのも一理あるようですが,別にこれもガーゼ   でなくてもいいわけで,吸収能をいうのなら紙オムツのほうが有用です。
  第一,私はこのサイトで「皮膚欠損創の被覆材料としてのガーゼの問題点」を論じているのに,「水   分吸収材料としてのガーゼ」を持ち出すのは,姑息な論点すり替えのような気がします。

8. 死亡者を出した中国製の痩せ薬に対し,この薬を作って生計を立てている人がいるのだから,それを  摘発するのは間違っている,あるいは,覚醒剤を売って生計を立てている人がいる以上,覚醒剤は  社会的役割を果たしている,という論ですね。
  こういうタイプのお医者様は,中国製痩せ薬も覚醒剤も,有害ではないと認識されているようです。   多分,嫌煙権運動に対し,タバコは無害だというデータを集めてくれるのは,こういうタイプのお医者  様かもしれません。

9. 湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)の有用性が始めて論文になったのは1958年です。
  つまり45年前から知られています。また,被覆材が商品化されたのも1970年代後半で,
  20年前から医療材料として使われてきました。
  しかし,「外傷治療に湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)」というのは今まで,ごく単発的な発表が   あるだけで,それを系統的に治療に応用しようとか,どういう医療材料で閉鎖すると創傷が早く治る  かとか,治療する際に何に気をつけたらいいかとか,そういう論文はありません。
  私がこのサイトを作るまでは,外傷の湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)とは,
  個々の医者がひっそりと行っている治療でした。



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