新しい歴史の創造               


 ▼毒性がなければ安全▼

「毒性を除去する技術」
  

日本で生産される合成化学物質は、莫大な量である。
そして、輸入もする。
日本が石油化学オンパレードの社会である事は誰もが認めている。
合成化学物質はあらゆる場面で消費され、利用され続けている。

近年、安全・安心を会社の方針とする企業が増えつつあり、
この合成化学物質の中で、
特に有害とされる物質を取り除こうとする研究が試みられている。
これは歓迎すべき事である。

だだ、問題なのは、技術力である。


具体的な例を挙げてみよう。
安息香酸という化学物質を製造して、
パラベン類を商品化すると仮定してみる。

安息香酸は、天然の安息香の木から抽出できる。
しかし現在日本ではほとんどが石油合成物質と考えてよい。

そして防腐効果のあるパラベン類を商品化するときに、
安息香酸は必要な原料で、コストの高い天然より
コストの安い石油合成物質の安息香酸を使う事になり、
石油を原料としたパラベンが、安く大量に生産される。

ここで問題なのは、
安息香酸やパラベンは製造過程で添加物を入れる必要があり、
この際の合成過程で、
ベンゼンという発癌性物質が産まれ
紛れ込んでくる。

この発癌性物質のベンゼンを
取り除く研究が、密に進められているが、
日本の企業では、この技術開発は完成していない。

ということは、
安息香酸や防腐効果のあるパラベンは
発癌性物質のあるベンゼンを含んだまま
いまだに多くの商品に使われ、
日々私たちは危険と背中合わせで、
いつ発病してもおかしくない状況にある。


今ひとつの例をあげてみる。
わたしたちは、農薬を使用しない栽培の
野菜や植物性素材を求めている。
だから、無農薬と表示してあると安心する。
ところが一つ落とし穴がある。

それは、ダイオキシンの問題である。

PPt単位(1兆分の1gレベル)のダイオキシンであれば、
今の日本ではどこでも汚染にさらされる可能性がある。
だが、ダイオキシンはPPt単位での継続測定が難しく、
科学的なデーターは不足したままである。

ダイオキシンを避けハウス栽培した場合、
カビや病気の発生が多く、
どうしても農薬を使う事になる。
結果、微量なダイオキシンや農薬を
どのように取り除くかという問題が生じてくる。

こうした課題に対し、日本にはダイオキシンや農薬の除去技術はないし、
世界でも除去しているという話を聞いた事がなかった。


しかし近年、微量なダイオキシン農薬などの
有害物質を除去していると、
堂々と宣言し、
世界に向けて安全な製品を提供してくれている企業が
アメリカに存在していた。

除去にはバキューム方式と呼ばれる技術が使われている。
バキュームとは吸引という意味である。
日本では乾燥技術として使われている。
また、石油を精製するときの技術とも伝えられる。


実際に機械化するとなれば、
圧力や温度のコントロールはじめ、
バキュームした有害物質の後処理、
処理方法のシステム化など、実に難しい技術である。

しかし、こうしたことを公言して安全な製品を提供する。
その公言に対して訴訟大国である
アメリカ国内でトラブルが起こったり、
訴訟が起こっているという話がない。

有害物質を除去するという事は、
日本の研究者の誰もが願う事であり、
実現したいと思っているであろう。

しかし実現するためには、
世界最高レベルの科学技術と機械製造技術が
なければできないし、
10年や20年で日本の企業が
技術化出来るほど簡単な事ではない。


そしてこの企業の優れた技術力で生まれた製品の中には
生活改善や体質改善のための優れた製品をはじめ
体内浄化(デトックス)に有効な成分の製品や、
老化防止(アンチエイジング)のための製品などが

数多く開発されている。
それらを一つ一つ確認すると
この企業の地球環境や人々の健康に対する想いが
伝わる製品ばかりである。




日本中が合成化学物質汚染に対し鈍感になっている。
そんなときに、

「危険なものは使用しない」

という理念で製品を提供してくれる企業が存在する事は、
夢のような話であり、
天使の贈り物と考えてもよい。

たとえ、その企業がアメリカであろうと、中国であろうと関係はない。
日本国内で安全が確保できなければ、
他の力を借りてでも、

「安全なもの」

を確保すべきである。

日本は、安全を求め追求し
環境国家を創造する必要に迫られている。

これが新しい歴史の創造である。

未来の子どもたちにとって一番困る事は、
有害な物質を製造し、
平気で使い続ける社会が存在し、
その社会構図を残される事ではないだろうか。

私たちは、なんとしてでも歴史の流れを変えなければならない。

「安全な物を使用し、安全な社会にしましょう」

こんな当たり前のことが、今の日本では大変難しい。

経済大国、消費大国に酔いしれることなく、
しっかりと未来を見つめて歩み続け、
歴史の流れを変える必要がある。

未来の子どもたちに
歴史の
負の遺産を残さないためにも。


日本の歴史は、
破局に向かって消費大国の道を
歩み続けている事を自覚してほしい。