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 ▼青少年の説明つきにくい犯罪▼

長崎の少年殺人事件
  

2003年7月2日
長崎市内で4歳になる男の子の遺体が発見された。
発見されたときは、服を脱がされて裸にされていた。
やがて、事件は予想もしていない展開となった。

長崎県警に犯人として補導されたのは、
長崎市内の中学1年生(12歳)の少年であった。
報道によれば、少年は男の子を連れ歩き、
立体駐車場に上がった後、性的暴行を加えた後、
駐車場の屋上から地面に突き落とし、
ゲームセンターでゲームをしてから
何事もなかった様子で帰宅している。

少年による4歳児の殺害事件である。
少年は一連の犯行を認めていると報道された。

「青少年の説明のつきにくい犯罪」である。
愛知・豊川でも発生した。
佐賀でも発生した。
神戸では今回と同じような殺傷事件が発生してる。

また、少年ではないが、大阪では小学校の中に入って、
何人もの子どもを殺傷するという事件が発生した。

最近では、殺人だけでは終わらず、
死体をバラバラにするという事態も発生してる。

こうした事件が発生するたび、
テレビを中心とするマスコミで事件の背景の分析や、
再発防止の取り組みについて特集が組まれる。

しかし何人ものコメンテーターの発言も、
事件に内在する本質的な問題は出てこない
空しい評論的なものである。
ほとんどの番組の視点は、
教育論や社会生活論である。
教育論では、親の問題、学校の問題に終始し、
そして、社会現象の問題が主として取り上げられ、
評論して騒いでいるだけである。

全てのマスコミが、同じ視点で報道し続けている
これでは再発防止はできない。

青少年の中で発生する不可解な行動や犯罪は、
教育論や法律論で解決できるほど単純な問題ではない。
法律を強化したり、社会の監視を強化するだけでは、
青少年たちが起こす異常行動問題の
本質を変えることはできない。


同じような事件はまた発生する可能性があり、
事実、子どもに対する虐待や殺人事件は続いている。


日本は、経済大国となって、
他国を支援するために出かけるほどの国力がついた。
発展途上国に対しても、
莫大な金額を支援している。

しかし、その発展の代償として、
国民の心身はぼろぼろではないだろうか。
いつもでも本質から目を背け
逃げ回っているわけには行かないのである。

本当のことに、
正面から立ち向かう新聞記者は
出現しないのだろうか

一人ぐらい
勇気あるテレビ番組を
制作する人はいないのだろうか。

そんなとき、別な角度からではあるが、
長崎の事件を取り上げた週刊誌があった。


週間ポストのスクープ記事


2003年10月24日号に
長崎で発生した少年事件が
「スクープ公開」として特集された。

記事は、少年の精神鑑定の資料の中で撮影された、
「脳断層写真」に関するスクープ記事である。
このような一方的公開には、
少々抵抗感はあるが、
記事の最後に

犯罪の発生原因を、
こうした脳の機能障害なども
タブー視することなく、
科学的に解明し
公表する事が必要ではないか


との主張がなされていた。

私は、この主張には賛成である。
公表の方法には抵抗感はあるが、記事の内容については、
多くの人がきちんと受け止めるべきものであると判断する。

精神発達障害、免疫の混乱、性に関する発達障害など、
青少年の説明のつかない犯罪の増加は、
今後も続いてゆく。

一体何が原因で青少年の発達障害が増加してるのか?

さまざまな角度から検討すると、結果、
環境ホルモンと呼ばれる化学物質の存在にたどりつく。
人間の人格をコントロールする脳の発達が、
人工的な化学物質によって混乱する可能性がある。

ダイオキシンや硝酸態窒素は、
その代表的なものである。
環境ほろ門と認定した化学物質だけでも67種類存在する。
結局現在の青少年の脳は、
人工的な化学物質によって、
微妙に破壊され続けているのではないだろうか。

脳の破壊は、脳の代謝を混乱させる。

代謝とは、脳の活動と理解すればよい。
すなわち、脳の働きに混乱が生じるということである。
「週間ポスト」では、
補導された少年の脳の代謝に問題があることを取り上げている。

脳の代謝に問題が発生すれば、
何らかの精神発達に障害が発生する可能性がある。
結果として、反社会的な行動につながる。

誰かが本当のことを叫ばなければ、
「親や教師や学校が悪い」で終わってしまうし、
社会現象に問題ありとする
表面的な評論で終わってしまい、
真実は解明されない。

私たち人間は、

人格形成の基本を脳で行っている

という真実を否定できない。
だからといって、脳障害が直接犯罪に結びつくと
単純には考えられないが、
反社会的行動や犯罪と
深く関わっている可能性をも否定はできない。
だから勇気ある発言や提言が必要になってくる。


そして

やがては子どもたちに

美しい、環境に優しい、安全な国を

伝え残せることになる。