■ 有害化学物質 ■
 

「環境ホルモン(1) 特徴と作用」

 環境ホルモンは、公式には「外因性内分泌撹乱物質」と呼ばれ、
米国のホワイトハウス科学委員会が1997年に主催したワークショップで次のように定義した。

「生体内ホルモンの合成、分泌、体内輸送、結合、作用あるいは分解に介入することによって生体の恒常性(ホメオスタシス)の維持、生殖、発達あるいは行動に影響をあたえる外来物質」

 つまり、私たちの内分泌系を乱し、
私たちの子孫にまで悪影響をおよぼす外界からの有害物質というわけである。
今回から本コーナーではこの環境ホルモンについて詳しく紹介していく。
なお、本稿では「内分泌撹乱物質」を一般に知られている「環境ホルモン」と表記する。

環境ホルモンの特徴

 まず、環境ホルモンの特徴をまとめてみよう。
図1は代表的な環境ホルモン(および環境ホルモンと疑われている物質)の化学構造である。

代表的な環境ホルモン

図1 代表的な環境ホルモン(および疑惑物質)の化学構造([ ]内は分子量)
(1)ベンゼン環をもっている
図1を見てもわかるように、トリブチルスズを除いて、すべてベンゼン環をもっている。
ベンゼン環はいわゆる“亀の甲”であり、
6個の炭素Cが環状につながったところに水素Hがついた単純な構造である。
決して毛嫌いされるような得体の知れない物ではなく、
私たちの周辺にある医薬品、合成繊維、木材などの重要な基本構造である。
(2)分子サイズが小さく構造も単純
生体を構成する分子は、タンパク質や多糖類のような複雑な高分子化合物であり、分子サイズが大きい。
高分子化合物とは分子量が約1万以上の化合物の総称である。
これにくらべて環境ホルモンは分子サイズがきわめて小さく、分子量も大きくても300あまりである。
従って分子の構造もタンパク質などと比べてきわめて単純である。
(3)水に溶けにくく油に溶けやすい
タンパク質、多糖類、核酸などは水に溶けやすい。
それらの構成単位であるアミノ酸やグルコースも水によく溶ける。
ところが、環境ホルモンはきわめて水に溶けにくく、油のような疎水性の媒体に溶けやすい。
このような性質を脂溶性という。
(4)生分解性が低い
生物は、動物であれ植物であれ、生きていることを停止すると、その構成体は分解して自然に返っていく。
このように物質が酵素によって分解され消滅していくことを生分解性という。
環境ホルモン分子は生体内で分解しにくく、その形態を保ち続けてしまう。
プラスチックにおいても地球環境の保護のためにそれらを生分解性に変える研究が活発に続けられている。
(5)ごく微量で作用する
環境ホルモンの大きな特徴は、他の毒性と比較してごく微量で生物学的作用を示すことである。
10億分の1の濃度を示すppbや1兆分の1を示すpptなどの濃度レベルで作用を示す。

環境ホルモンの作用

 環境ホルモンが体内に入った場合どのようなメカニズムで撹乱作用を起こすのだろうか。

 まず、環境ホルモンが口から取り込まれると、消化管の血管中に入り込む。
環境ホルモンが大気中に浮遊している場合には、
呼吸した時に肺にはいり、肺の毛細血管内に入る。
血管中に入った脂溶性の環境ホルモン分子は、肝臓に到達する。
肝臓では本来、外来物質は肝細胞による化学処理が行われ、
腎臓から尿として排出されるが、化学構造上、化学処理を受けなかった場合、
体外へ排出されずに再び体内を血流に乗って循環する。

 血液中の環境ホルモン分子は毛細血管の隙間をくぐり抜けて生体組織の細胞内に入っていく。
本来、細胞は細胞膜によって保護されているため外からの物質は細胞内には入りにくい。

 ところが、環境ホルモンは脂溶性で分子サイズも小さいため、脂溶性の細胞膜を透過できる。
すなわち、環境ホルモンは肝臓という第一関門を通過したのち、
細胞膜という第二関門も容易にすり抜けてしまうのだ。

 しかし、外来分子が細胞内に入り込んでも、細胞内の物質とうまく結合できなければ、
何も起こらずにやがて細胞外へ排除される。
ところが環境ホルモンが生殖器官などの細胞内に入り込んだ時には、
細胞内に存在するレセプターと結合し、
ホルモンと同じような作用を引き起こしてしまうものがあると考えられている。

もともとは夢の化学物質だった

 現在、環境ホルモンとして問題になっている化学物質の多くは、
「利用価値が高く、人体に悪影響をおよぼさない夢の化学物質」として作り出され、
世界中で製造、使用されるようになったものである。
それが最近になって人体や地球環境、生態系に対して
重大な問題を引き起こすことが明らかになってきたのだ。
科学者達は、人間の暮らしをより良くしようとして研究を重ね、化学物質を作り出してきたのであり、
人間や生態系にダメージを与えるために多くの化学物質を作り出したわけではもちろんない。

 良く知られた環境ホルモンであるPCB(ポリ塩化ビフェニル)
世界で始めて工業生産されたのは1929年である。
それ以来、電気絶縁体、熱媒体、難燃剤、溶媒、潤滑油などとして幅広く使用されてきた。
工業的に非常に有用な化学物質である。

 トリブチルスズ(TBT)は巻貝の一種のイボニシにインポセックス
(メスが成長するにつれてオスの生殖器ができる現象)を引き起こす環境ホルモンである。
TBTは船底にフジツボやカキ殻がつかないようにするため、塗料に添加されていた。
船底にフジツボやカキ殻が付着すると、海水との接触抵抗が増加し、
船の速度を低下させ、より多くの燃料を消費してしまうためである。
TBTにより燃料費と船底のクリーニング代を合わせて
世界全体で約8000億円が節約されたという試算もある。
燃料である石油の節約という面からは、エネルギー問題とも関連があり、
「TBTが多くの石油資源を守った」ととらえることもできる。

 殺虫剤として大量に使用され、
レイチェル・カーソンの『沈黙の春』でも取り上げられたジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)
人間には害がないとされていた。
殺虫剤や除草剤は単位面積あたりの収穫量を増やし、
農作業を大幅に軽減することを目的に開発された。
食料問題を解決するはずの夢の物質が後に悪魔の物質として扱われることになったのだ。

 オゾン層破壊でしられるフロンも、環境ホルモンではないが、
毒性もなく腐食性もない“夢の物質”だった。
そのため大量に製造され、使用・排出された。
そして、フロンによるオゾン層破壊が明らかになったときには、
ほとんど手後れともいえる状態になっていたのだ。

 現在問題になっている有害化学物質の多くは必要に応じて私たちがつくり出したものである。
「知らないところでだれかが勝手に作ってばらまいた猛毒物質」ではなく
「私たちが必要であると考え、私たちが有能な道具として作った物質」なのだ。

しかし、利便性の裏面にあるかも知れないマイナスの面を十分に評価していなかった点が、
数十年を経て顕在化したのである。環境問題解決の難しさがここにある。
また、有害化学物質のもつもう一つの問題は人間1人ひとりの生活や価値観に起因する問題なのである。

例えば、DDTは今なお発展途上国で生産され使用されている。
従って、この問題の根本的な解決には、科学者や技術者の研究成果だけではなく、
為政者や私たち1人ひとりの価値観の転換が必要なのではないだろうか。
有害化学物質を排除すると同時に、それらの物質がなぜ作り出されたのかも考えてなくてはならない。

 


「環境ホルモン(2) PCB・ビスフェノールA」

 環境ホルモンとして疑われている物質は多数あるが、
新聞やニュースで化学物質名を目にしてもそれがどのような物質で、
どんな用途に使われているのかを理解している人は少ないのではないだろうか。
どこでどのように物質が使われているのかを知ることによって、
より身近に化学物質の存在とその危険性を感じることができるはずだ。
そこで、今回は代表的な環境ホルモン物質であるPCBビスフェノールについて説明する。

PCB

 PCBポリ塩化ビフェニル(polychlorinated biphenyl)の略である。その化学構造は図1である。
PCBは酸素Oを含まず2つのベンゼン環が直接結合している。
PCBは石油またはコールタールからベンゼンを分離、
これを基にビフェニルをつくり、さらに塩素を加えて加熱し、
鉄を触媒として塩素を結合したものである。


図1:PCB(2〜6,2'〜6'の位置に塩素Clが合計1〜10個つく)

 PCBは1881年にドイツの化学者が合成に成功した。
世界で初めて工業生産されたのは1929年である。
それ以来、電気絶縁体、熱媒体、塗料、溶媒、潤滑油などとして幅広く使用されてきた。
日本では、カネミ油症による中毒事件を契機として1972年にPCBの生産は中止され、
1974年に輸入も禁止された。PCBは分解されにくく環境中に蓄積する。

PCBの毒性

 アメリカの五大湖はPCBに汚染され、
オンタリオ湖の魚を食べていた妊婦の新生児には、
「自律運動」「反射」に関して異常が認められている。
また、PCBは甲状腺ホルモンの作用を抑える働きがあり、
免疫力が落ちて病気になりやすくなるという報告もある。
世界各地でイルカの海岸への集団上陸やアザラシの大量死が問題になっているが、
これもPCB汚染による免疫力低下が原因と指摘されている。

 サルやその他の動物を用いた実験では、受胎率の減少が引き起こされた。
PCBの混入した餌をニワトリが食べ続けると、親には変化はないが、
孵化率が減少したり、くちばしの奇形が発生したりしている。

 PCBはその高い工業的価値により過去に大量に製造されている。
PCBの混入したさまざまな製品はまだまだ私たちの身の回りに残っていて、
生産が中止されても環境中の濃度低下は鈍い。

ビスフェノールA

 ビスフェノールA(Bisphenol A)
プラスチックのポリカーボネート樹脂エポキシ樹脂の合成原料である。
ビスフェノールAの生産量の70%がポリカーボネート樹脂に、25%がエポキシ樹脂に用いられている。
ボリカーボネート樹脂およびエポキシ樹脂は、
食器、ほ乳ビン、食品缶詰の内部コーティングやびんの蓋、
水道管の内張りなどに幅広く使用されている。
これらを加熱した場合に容器などからビスフェノールAが溶出する。
問題はビスフェノールAが動物や人の体内に入り込み、
女性ホルモン(エストロゲン)様物質として作用し、
生殖異常やガンなどを引き起こすのではないかと疑われている点である。

 

図2:ビスフェノールA
(2,2-ビス(4'ヒドロキシフェニル)プロパン/C15H16O2

 ポリカーボネートから溶出したビスフェノールAが
大きな問題となるきっかけは『奪われし未来』にとりあげられた
細胞研究者によるポリカーボネート容器を用いた細胞培養であった。
この実験ではポリカーボネート容器中で加熱処理した水を用いた方に
より多く女性ホルモンの一種が検出された。
さらに、化学試薬として販売されているビスフェノールAを用いた実験では
ビスフェノールAがエストロゲン様作用を示した。
また、胎生期にビスフェノールAを暴露されて成長したオスのマウスは、
前立腺の重量が増加することが知られている。

 ビスフェノールAは虫歯の充填物の中にも使用されているように
私たちの体に直接触れる部分に多く使用されている。
厚生省は溶出するビスフェノールAは微量であり、
プラスチック製容器などの使用でただちに健康に障害が出るとは
考えられないという結論を出している。
しかし、弱いながらもエストロゲン様作用をもつビスフェノールAが溶け出しているのは事実である。
また、ビスフェノールAは母体内で分解されやすいことから、
胎児への移行はないと考えられていたが、
へその緒から検出されたという研究が発表され、大きな衝撃を与えた。
現時点では胎児や乳児に対してどの程度の濃度で
どのような影響をおよぼすのかはまったく明らかになっていない。
より詳しい研究成果が待たれる。

厚生省方針 PCB処理に専用施設

 8月18日付け朝日新聞によれば、
厚生省はPCB対策として専用処理施設の設置を促す方針を決めた。
1952年から国内での生産が中止された1972年までに日本ではPCBが約6万トン生産された。
そのうちメーカーにより回収されたのが約7千トン(酒井伸一『ゴミと化学物質』より)。
残りは何らかの形で現在も処理されないまま残っている。
厚生省は民間によるさまざまな処理システムから適正なものを選定、
処理施設の建設や運営を支援する。
支援経費は来年度予算の概算要求に盛り込む方針で、
実現すれば5年で半分を処理できる見込みだという。

 25年前に生産・販売・輸入が禁止された有害化学物質が
今なお処理されずに全国に保管されているのである。
また、保管物質の一部は環境中に流出しているとさえいわれる。
法律によって、単に使用や製造を禁止するだけでは、有害化学物質汚染を解決したことにはならない。
その後の処理に莫大な時間と費用がかかることを考えると、
化学物質の使用は慎重に行うべきであることが良くわかる。

 

環境ホルモン(3)

有機スズ・可塑剤

 引き続き環境ホルモン物質を詳しく見ていく。
今回は、船底塗料に用いられる有機スズとプラスチックの可塑剤を中心に解説する。

船底塗料:有機スズ

 有機スズであるトリブチルスズ(TBT)は、トリフェニルスズ(TPT)とともに、
船底塗料や漁網の防汚剤として用いられていた。
TBTやTPTは、船体に付着して船の速度を低下させるフジツボやカキ殻を殺す毒薬である。
有機スズによって世界全体での船舶の運航に必要な燃料費と船体クリーニング費用は
約8000億円も節約されたという。

アメリカ海軍もトリブチルスズを絶賛していた。
しかし、1970年代の終りから1980年代のはじめにかけて
ヨーロッパで貝類やカキの養殖に悪影響をおよぼすことが判明した。

 有機スズは、貝類のメスにオスの生殖器ができる“インポセックス”という現象を引き起こす。
そのメカニズムは現在のところまだ明らかになっていない。
インポセックスの調査自体も最近になってようやく本格化し始めたところである。
これまでの報告は欧米各国やオーストラリア、ニュージーランド、
日本などが中心であったが、これはその他の地域(例えばアジア地域)で
インポセックスが発生していないことを示しているのではなく、
単に調査がなされていないため実態が不明なだけである。
今後世界中で調査が行われるようになれば、
インポセックスの報告数はさらに増加すると見られている。

 日本ではTBTのうちトリブチルスズオキシド(TBTO)
「化学物質の審査および製造などの規制に関する法律」(化審法)の
第一種特定化学物質に指定され、製造・輸入が禁止されている。
また、その他の有機スズは第二種特定化学物質に指定され、
1997年3月までに日本のメーカーは生産を打ち切っている
(『環境ホルモン きちんと理解したい人のために』より)。

プラスチック可塑剤:フタル酸化合物

 水道のパイプや窓のサッシにはポリ塩化ビニル(塩ビ)という固いプラスチックが用いられている。
この硬い塩ビにフタル酸化合物などの可塑剤を加えると柔軟な材料になる。
これは工業的に扱いやすいうえ安価なので、
電線の被覆材、水道のホース、玩具など極めて広範囲に利用されている。
可塑剤がなければ世の中からほとんどのプラスチック製品がなくなってしまうといっても過言ではない。
フタル酸化合物は約50種類あるがそのうち内分泌撹乱作用があるとされているものを表1にまとめた。

物質名 用途など
フタル酸ジ-2-エチルヘキシル
(Di-2-ethylhexyl phthalate, DEHP)
接着剤、印刷インキ、安全ガラス、セロハン、染料、
殺虫剤の製造、織物用潤滑剤、雑貨(塩ビ、アクリル樹脂製品)
フタル酸ブチルベンジル
(Butylbenzyl phthalate, BBP)
床壁用タイル、塗料用、人造皮革、室内装飾品
フタル酸ジ-n-ブチル
(Di-n-butyl phthalate, DBP)
接着剤、印刷インキ、安全ガラス、セロハン、染料、
殺虫剤の製造、織物用潤滑剤
フタル酸ジシクロヘキシル
(Dicyclohexyl phthalate, DCHP)
防湿セロファン用可塑剤、アクリルラッカー用可塑剤、
感熱接着剤用可塑剤
表1 内分泌撹乱作用があるフタル酸化合物

※「用途など」の項目は島津環境ホルモン分析情報センターの「環境ホルモンと疑われている化学物質とその分析法」のページを参考に作成。

 妊娠中のラットに体重1kgあたり250〜750mgのフタル酸ジ-n-ブチルを毎日与えたところ、
生まれてきたオスの子ラットの精巣や前立腺が消失したり減少したりする実験結果が得られている。
しかし、人間に対する影響はまだ良く分かっていない。
可塑剤も極めて身近な物質で膨大な量がすでに製造されている。
より詳細な研究成果が待たれる。

給食のポリカーボネート製食器使用、2,339校減

 9月21日付け朝日新聞によると、ビスフェノールA*が溶出する
ポリカーボネート製食器を給食に使用している公立小中学校は
全体の32.7%(10,206校)であることが文部省の調査でわかった。
昨年の調査と比べると7.4%(2,339校)減っている。
使用中の市町村・組合でも、36%は「今後他の材質に切り替える」としており、
ポリカーボネート製食器を控える動きが広がっている。
厚生省は
「実験で溶け出したビスフェノールAは法定の基準値を大幅に下回っており、使用を禁じる必要はない」
という見解をまとめている。
しかし、現在の法定基準値自体は環境ホルモン作用も考慮した安全基準値ではないはずだ。
環境ホルモンの特徴は「ごく微量で作用する」ことにあり、
子供たちに対する危険性がないとはとても言い切れない。

 ポリカーボネート製食器は軽量で壊れにくいことから給食用に採用している学校が多いが、
ポリカーボネート製から陶器製の食器に切り替えている学校もある。
たしかに、陶器製の食器は重く割れやすいため、
破損や運搬面などいろいろな問題がでてくるだろう。
しかし、壊れやすい物を大切に扱うという環境問題にとっての根本的な事柄を
子供たちに教えることができる効果ははかりしれない。
それになにより、同じ料理でも陶器の茶わんや皿でいただいた方がおいしいと思うのだが・・・。


 

 

環境ホルモン(4)

DDT、ノニルフェノール

DDT 奇跡の殺虫剤から悪魔の毒物へ

 DDT(dichlorodiphenyl trichloroethane:ジクロロ・ジフェニル・トリクロロエタン)は、
19世紀に始まった有機化学の発展にともない、
多くの有機塩素系の化学物質とともに開発された。
DDTは殺虫剤・農薬として大量に使用され、農業の大規模化を進めた。


図1:DDT(ジクロロ・ジフェニル・トリクロロエタン)

 また、DDTは医療分野でも利用された。
DDTの強力な殺虫効果は赤痢やマラリアなどの
恐ろしい伝染病を媒介する蚊やハエなどの昆虫の駆除にも使われたのである。
第二次世界大戦後アメリカが日本に進駐した時に伝染病の蔓延を予防するために、
多くの日本人がDDTを全身に浴びせられたことも記憶に新しい。

 1962年、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』が出版され、
DDTが奇跡の殺虫剤とされていた時代は終焉する。
『沈黙の春』にはDDTがマツクイムシの大発生を防ぐために大量に空中散布され、
目的の虫ばかりでなく、大量のサケやマスの幼魚まで死なせてしまったことなどが書かれている。
その後多くの研究者によって研究が続けられ、
DDTが天然のエストロゲン(女性ホルモン)の作用を撹乱する
環境ホルモンであることもわかってきた。

 DDTは先進国ではすでに使用が禁止されている。
しかし、途上国では現在も使用されている。
マラリアを媒介する蚊の駆除にもっとも効果的な殺虫剤がDDTであるからだ。
マラリアによる死者は毎年約270万人で、その多くが途上国の子供たちだという。
アメリカの化学者グループは
POPs条約(Persistent Organic Pollutants:残留性有機汚染物質の使用を禁止・制限する条約)によって
DDTの使用を国際的に禁止することは
「途上国に非倫理的な重荷を課す」としてDDTの禁止に反対している。
(1999年9月3日、朝日新聞) 現在でもDDTの功罪は拮抗しているのだ。

ノニルフェノール 合成洗剤の原料

 ノニルフェノール(Nonylphenol)は1980年代から使われだし、
年間生産量は約2万トンにのぼる。
合成洗剤の界面活性剤やプラスチックの酸化防止剤の原料、
塩化ビニルの安定剤等に広く使用されている。
繊維産業や金属産業、製紙産業等における工業用の合成洗剤として最も多く使われているという。
ノニルフェノールはガンや奇形を発生させることから
ドイツやスイス、デンマーク等、ヨーロッパでは
家庭用合成洗剤の原料として使用することが規制されている。
日本でも90年代に入って、大手メーカーを中心として自主的な製造規制が行われてきた。
しかし、法的に規制されていないため、
いまだにノニルフェノールを原料とした洗剤が家庭用として店頭で売られている。
ノニルフェノールは95年頃から環境ホルモンとしての作用があると言われはじめ、
現在も研究が続けられている。


図2:ノニルフェノール

東京湾に環境ホルモンが堆積している

 10月19日付け日本経済新聞によると、
工業技術院資源環境技術総合研究所などの調査により
「1900年から95年間にわたって流れ込んだ内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)が、
ほとんど分解されないままに海底に堆積している」
という実態が明らかになった。
農薬などを乱用した70年代後半から80年代にかけて特に量が多かったという。

ダイオキシンは80年代前後、PCBも80年代ごろがピーク、
ノニルフェノール
は65年以降増加を続けており95年は65年当時の100倍近い量だという。
堆積した環境ホルモンについて、研究グループは「何らかの処理が必要」と指摘している。

 これまでこのコーナーで紹介してきたように、
最近になってその毒性が明らかになってきた環境ホルモン物質の多くは
自然界で分解しにくい性質を持っている。
何らかの方法で適切に分解処理しない限り、環境中に残留し続けるのだ。
今後、世界各地で同様の調査が行われることにより、
地球規模の極めて深刻な有害化学物質汚染の状況が明るみに出るだろう。

参考文献

『環境ホルモン きちんと理解したい人のために』筏義人 著、講談社(1998)
『化学物質 環境・安全管理用語辞典』環境・安全管理用語編集委員会 編、化学工業日報社(1998)
ニュートン4月号臨時増刊『人体・環境異変 破局か再生か最新エコ・プロジェクトの挑戦』
ニュートンプレス(1999)
『図解ひと目でわかる「環境ホルモン」ハンドブック』志村岳 編著、講談社(1999)
『ゴミと化学物質』酒井伸一 著、岩波書店(1998)
島津製作所『島津環境ホルモン分析情報センター』